現在の位置
千手寺(せんじゅうじ)は、白鳳時代に役行者によって開創され、平安初期に焼失したのを、在原業平(ありわらのなりひら)によって復興されたと伝説する寺院です。
役行者が笠置山の千手窟(せんじゅくつ)で修行していたとき、不思議な光が現れ、それに導かれるようにして生駒山の麓にいたります。するとそこに神々を従えた千手観音が現れたので、役行者はその姿を刻んで小堂を建立、そこに千手観音を祀ったと言います。この由縁から、その堂を「光堂」と称し、その里の名前を「神並村(こうなみむら)」と称したとも伝えられています。しかし、その後、光堂は惟喬(これたか)親王の乱で焼失。千手観音像はみずから深野池(ふこうのいけ)に飛び去って難を逃れます。するとその夜、近辺に来訪していた在原業平が池が光輝くのを見いだし、調べると千手観音像が池に沈んでいました。そこで業平は光堂を復興すべく、五つの坊舎を建立します。業平の没後は、本堂の右側に廟が築かれたと伝えています。今の護摩堂がその場所にあたります。現在、境内には、業平の供養塔と伝えられる南北朝時代の五輪塔が、ひっそりとたたずんでいます。
現在の千手寺の本尊は、正平十二年(1357)に奈良興福寺の大仏師康成(こうせい)が造立したもので、その丈190センチにも達する大きなものです。また、護摩堂の本尊不動明王は、生駒山宝山寺の湛海律師が元禄十五年(1702)に刻んだものと言われ、いずれも大阪府指定文化財となっています。
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近鉄奈良線「石切」駅下車、徒歩5分。
国道170号線(大阪外環状線)の「被服団地前」交差点を東へ。石切神社の鳥居を通過し、近畿大阪銀行のある信号交差点を左折。6階建てのマンションの先を右折すぐ。大型バスは、石切神社の有料駐車場に駐車、徒歩10分。
あり
〒579-8011 大阪府東大阪市東石切町3-3-16
電話:0729-81-2241
ホームページ:なし
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